山田錦

現在、酒造好適米として全国的にも知られ、その揺るぎない王座の地位を守り続ける「山田錦」。大正12年兵庫県立農業試験場において「山田穂(やまだぼ)」を母、「短稈渡船(たんかんわたりぶね)」を父として人工交配を行い、昭和11年に山田錦として、奨励品種に指定され以来酒米のエースとして、現在に至ります。(「山田錦」の発祥地 代表的生産地のひとつ産地としてと兵庫・美嚢郡吉川町は有名です)
 この山田錦の母 山田穂の発祥地には幾つかの説があるといわれてますが、その一つがここ伊勢志摩なのです。その当時、全国的にお伊勢参りが盛んなころ、各地方からたくさんの人々が伊勢神宮を目指し伊勢の地を訪れました。人の交流にとどまらず、文化や知識の交流も盛んに行われました。そんな中で、
兵庫・美嚢郡吉川町の田中新三郎氏がお伊勢参りにこの地を訪れたとき、これは!?と思う酒米を発見。この穂を持ちかいり栽培したところ、酒造家からも好評を得る酒米ができたことから、豊受大神(とようけのおおみかみ)を祭る伊勢神宮外宮さん・伊勢山田の地にちなんで「山田穂」と名付けたという説が伝えられています。